こんにちは。マネジメントオフィス檜の吉野です。普段は経営コンサルティングとかやってるけどそれは今はどうでもいい。この記事では、応仁の乱の話をしようと思います。
最近、東京行ったときに電車で見かけた高校生たちの会話を聞いていてふと思った。スマホでSNSを眺めながら、「まじむり」とか「それな」とか言い合ってる姿を見てたら、なぜか550年前の京都が思い浮かんできた。
え?なんで?って思うよね。でもさ、考えてみてほしい。応仁の乱って、要するにでっかい「誰が味方で誰が敵かわからない」状態だったわけ。今のSNSでの炎上や政治を見ても経済見てもさっぱり行く末が分からない状況。結局は似たようなもんじゃない?
例えば、当時の京都。東軍と西軍に分かれて戦ってたんだけど、実は両方から金もらってる商人とかもいたらしい。今で言うところの”いいね”を両方に送ってる感じ?(笑)
で、面白いのは寺院の立ち位置。今でいうインフルエンサーみたいなもんで、どっちの情報も集めてて、でも自分たちに都合のいい情報だけを流してた。現代のメディアっぽくない?
そう考えると、応仁の乱を生き抜いた人たちって、案外今を生きる俺らにヒントをくれてるのかもしれない。例えば:
- 情報に踊らされない(当時の人も噂話には気をつけてた)
- でも、完全無視もしない(重要な情報って意外なところから来るから)
- 自分の立ち位置を時々確認する(どっちの味方でもあり、どっちの味方でもない、そんな風に生きる賢さ)
つまりさ、歴史上の出来事って、実は今の僕らの生活と、思ってる以上に近いところにあるんじゃなかろうかと。
(というわけで、今回は歴史の教科書的な説明は最小限に抑えてみました。だって、大事なのは「今」を生きる僕らにとって何が役立つかってことでしょ?)