GW中の読書。西田幾多郎「善の研究」を読む。〜NHKテキスト100分de名著より

こんにちは。ゴールデンウィーク真っ盛り。コロナ禍以降滞っていた人の流れが久しぶりに活発になっています。私はというと仕事&読書三昧。外出は日常の買い物で近所のイオンに行く程度。静かな連休です。でも、幸せ。

暗いニュースが続きますが、みなさんそれぞれゴールデンウィークを満喫し幸せな気持ちに包まれるといいですね。さて、そんなゴールデンウィーク中に読み終えた本があります。とても面白かったので内容を忘れないうちにブログにします。

私は哲学書を読むのが昔から好きでした。もちろん、内容を100%理解していたとは言えませんし、哲学的な議論が好きかというとそうでもない笑 ただこの世界、社会、人生など抽象的なテーマについてあ〜だ、こ〜だ、思いを巡らせることが好きだったのでしょう。社会人になってから哲学書を読むどころではなく、仕事があまりにも出来なすぎて、人生につまずきすぎて、しばらく遠ざかっていました。日々の生活や経済活動に追われると一般教養や哲学って段々勉強しなくなるんですよね。ただ、そんな人生の嵐もようやく落ち着き人生に灯りが灯り始めたので久しぶりに読みたくなったのはここ数年。

今回、読み終えた本は人気シリーズ”NHKテキスト100分de名著”の「善の研究 西田幾太郎」。原著じゃないんかい笑 というツッコミが来そうですが、ご勘弁を。みなさんは西田幾太郎をご存知ですか?最近の歴史の教科書にはのっているのか?昭和62年生まれの私の教科書には確かのっていた。どんな人かをご紹介。

西田幾多郎は、激動の時代に生まれ、激動の時代に亡くなりました。誕生は明治維新から二年後です。日清、日露戦争を経て、第一次世界大戦を経験し、第二次世界大戦が終わるふた月ほど前に亡くなりました。価値観が全く定まらない時代にあって西田は、日本語による「哲学」という新しい「価値」を作り出そうとします。

はじめに 名著を読む真の意味より ”NHKテキスト100分de名著”の「善の研究 西田幾太郎」若松英輔

時代の狭間に生まれて、新しい哲学を作ろうとした人です。以前から西田さんには興味がありました。ただ、難しそうなのでしばらく後回し。学生時代は結局読みませんでした。そんな中、最近唐突に読みたい、と思ったのです。令和時代の激動と混沌っぷりが明治維新〜第二次世界大戦に至るまでの空気感に似ている気がして、今読まねばと感じた次第。

読んでみて思ったのは、西田さんの哲学の深さと広さです。細かい議論をあ〜だ、こ〜だという世界観からは離れ、広い視点に立った宇宙的な視野で人生を語っている印象を受けます。それでいて、内省的な視点も持っている。細かい哲学の用語は分からなくてもハートで分かる。気がしました。

経済も社会も人間関係も自由なようでいてどこか居心地の悪さがつきまとう令和日本。どこかに突破口はないか足掻いても外はなかなか見つからない。そんな中、求められているのは何か? 西田の哲学はそうした疑問に正面から答えてくれるような潔さを持っている。

遠くに彼方に「大いなるもの」を感じつつ、わが身の内も「大いなるもの」を探す。自分が対象と一つになろうとするとき、ともに動き始める。小さな「私」を主語にせず、大きな「わたし」である本当の自己が「せかい」にふれていく。「大いなるもの」の前に出るとき「人」は必然的に小さなものになるが、「小さき者」であることの自覚こそが偉大な「自己」の発見に直結する。

「大いなるもの」はなんなのか?人によって答えは違うだろう。ただ、大いなるものを感じる人生は幸せだ。自然や芸術に触れることがなぜ素晴らしいのか、それはきっと「大いなるもの」だからだろう。年収だ、結婚だ、Youtubeだ、スマホだ、現代はとにかく小さな雑音が多い。そんなことは無視して、「大いなるもの」にもっと触れよう。そんな人生はきっと幸せだ。西田哲学、これからも学び続けよう。最後に西田の名言を1つ。

ものを知るには、これを愛さねばならず、物を愛すには、これを知らねばならない。

西田幾多郎

秋田市で中小事業者さまに対して、事業領域のコンサルティングを行なっています。売上拡大や利益アップを切実に望むお客様とお付き合いさせていただいています。よろしくお願いします。

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